注意欠陥/多動性障害の診療
筑波大学心身障害学系
宮本信也1.落ち着きのない子
最近、我が国でも、主として教育現場で、動きが激しく注意散漫で集団行動からはずれやすい子どもの相談が増加してきているように思われる。そうした行動特徴を持つ子どもの診療においては、表1のような問題を考えなければならない。ただし、この中で医療機関で対応するものとして最も頻度が高いものは、注意欠陥/多動性障害であろう。以下、注意欠陥/多動性障害について概説する。2.注意欠陥多動性障害とは
注意欠陥多動性障害(attention-deficit hyperactivity disorder, 以下ADHD)とは、精神年齢に比して不適当な注意力障害、衝動性、多動性を示す行動障害である。同様の症状を示す子ども達は、以前は、微細脳機能障害(minimal brain dysfunction, MBD)と呼ばれてきた。微細脳機能障害とは、知能障害や明かな脳障害が証明されないにもかかわらず、脳障害児と同様の認知・行動的特徴を示す小児の総称である。しかし、その概念の不明確さから、MBDという用語の使用には批判が多く、1980年代になり行動面の症状を示すものには注意欠陥障害、認知・学習面の症状を示すものには特異的発達障害という用語が使われるようになった。注意力障害と多動性を併せ持つ場合(混合型)とどちらかが主症状の場合があるが、全体の85〜90%は混合型である。ADHDの診断基準を表2に示す。3.疫学
報告によりその頻度は2〜7%と幅があるが、おおよそ小児の3%前後と推定されている。性差では、男児に多いのが特徴で。男女比は4〜6:1といわれる。
遺伝性に関しては、一卵性双生児の一致率が高いことや、患児の父親の約1/4に同様の行動パターンを認めるとのことから、ある程度の遺伝的要因が関与していることが考えられている。4.病因
直接的な原因は不明である。何らかの中枢神経機能障害が、特に神経伝達物質レベルでの異常が想定されている。一方、劣悪な養育環境でも同じような行動特徴を示すことがあるといわれている。このため、
ADHDは、発達障害ではなく行動障害の中に分類されている。5.症状(表3)
ADHD
の症状とは行動面の症状のことであり、それは、脳の機能障害を背景とした個人の行動特性、つまり、周囲との関係性の中で生じるのではない行動面の問題ということができる。その中心となるのが注意力障害、多動性、衝動性の3症状である。これ以外の症状は、基本症状を背景として周囲の人との関係性の中で二次的に生じたものといわゆる合併症に分けられる。現実的には、これらの各種症状が、一人の患児の中で同時期あるいは経時的に混在することで多彩な臨床像が示されることになる。しかしながら、ADHDの患児が示すさまざまな行動・心理面の問題の中心は何かを考えることは重要である。なぜならば、基本症状であれば薬物療法の効果が期待でき、二次的問題であれば環境調整や精神的対応の効果が� ��待できるなど、選択すべき主たる対応方法が異なってくるからである。注意障害・多動・衝動性の中心症状が激しいと、周囲からの働きかけに対する応答性が乏しくなり、3、4歳くらいまでは自閉症と間違えられることもあり注意が必要である。自閉症と異なる点は、本人の関心の範囲であれば周囲の人とやりとり行動が成立することが多い点である。自閉症児の場合、本人の関心がある範囲でも他の人の介入を嫌がることが多い。なお、基本症状であっても、周囲の環境によって変化することが知られている。一般に、刺激が構造化・単純化され明確になっている状況では、
ADHD児であってもある程度集中して課題に取り組むことができる。二次的問題には、社会行動の問題と心理特性の問題がある。前者は、その集団なりの「規則」がある状況で、基本症状を基にした患児の行動が周囲から問題とされるものである。具体的には、その集団の決まりからはずれる行動を反復するものである。当然のことではあるが、集団・社会がなければ、あるいは、「集団の規則」が異なれば問題とされないものであり、その意味で二次的問題と考えることができる。後者は、集団生活・対人関係における失敗体験や被叱責体験の積み重ねから生じてくる問題といえるであろう。知的能力に関しては、多くは境界線(IQ70)以上の知能指数を示す。しかし、全般的な知的能力に大きな遅れがなくとも、認知能力のアンバランスさを認めるものが多い。そのため、学童期になるといわゆる学習障害(
learning disability, LD)の状態像を示すことも少なくない。6.合併症
ADHD
では、発達面の問題や行動・精神面の問題など、多彩な合併症も見られやすい。合併症を、発達・認知面、行動精神面、身体面に分けて表4に示す。発達・認知面の合併症の代表的なものは3つである。ADHDにみられる発達性言語障害では、理解力はあるが表出能力が劣るという、いわゆる発達性表出性言語障害のタイプが多い。発達性協応運動障害は、幼児期より不器用さやバランスの悪さという形で現れる。前述したように学習障害の合併も少なくない。報告により合併頻度は異なるものの、一般にADHDの40〜50%、つまり、約半数前後が学齢期以降学習障害の状態像を呈してくると考えられている。行動・精神面の合併症で小児期に最も問題となるのは行為障害である。行為障 害とは、他人の基本的権利や年齢相当の社会的ルールや常識を侵犯するような行為を持続的に行うものをいう。具体的には、万引き・窃盗・傷害など、いわゆる非行のことと理解してよい。一方、反抗挑戦性障害は、拒絶的、敵意的、挑戦的な行動パターンをとるが、他人の基本的権利の深刻な侵犯はしないものである。反抗挑戦性障害から行為障害への以降も少なくないと言われる。行為障害の合併を重要視するのは、それが経過不良の因子となるからである。参考までに、行為障害と反抗挑戦性障害の診断基準を表5に示す。その他、不登校(適応障害)、不安、抑うつ(気分障害)なども思春期以降に見られることが少なくない。身体面では、チック障害の合併が多い。ADHDに使用されることの多い7.身体所見・検査所見
身体所見では特別のものは認めないが、神経学的微徴候(soft neurological signs)は少なくない。検査所見では、最近、頭部画像検査にて前頭葉や線状体の縮小傾向が指摘されている。その意味は不明である。その他、脳波にて非特異的異常所見が約半数に認められる。また、
WISCV知能検査など知能・認知構造が評価できる認知検査で、プロフィール結果のアンバランスさが認められやすい。8.他の発達障害との関係
ADHD
の診断に際しては、軽度精神遅滞の合併はあってもよいとされている。知的障害のレベルに比べ、注意力障害・多動性などが顕著な場合、両方の診断名がつけられることになる。中等度以下(IQ50未満)の精神遅滞の場合には、多動性などがどんなに激しくても、ADHDとはせずそれは精神遅滞の症状とするのが原則である。自閉症がある場合には、ADHDの診断はしない。自閉症は、ADHDに対して上位概念となっており、落ち着きのなさは全て自閉症の症状として説明されることになる。
音声障害のためのサンプル調査LDとの関係は、ADHDイコールLDではない。ADHDの中で学齢期以降LDの状態像を併せ持つものがあるが、ADHDの全てが将来LDの状態を示す訳ではない。
9.経過
注意力障害・多動・衝動性という中心症状は、成長とともに自然に改善する傾向がある。大きく動き回る多動性は8〜10歳までに落ち着いてしまうことが多い。しかしながら、座ってはいるが上体が常に動いているなどのような何となく落ち着かないという、いわば多活動性という状態は、軽減するものの成人まで持続する場合もある。一般に、小児期に
ADHDと診断された子どもでは、高校生・大学生の青年期では60〜80%が、成人になっても30〜50%が何らかの症状を残しているともいわれている。成人まで残存しやすい症状としては、不注意・忘れ物などの軽度の注意力障害、じっとしているのが苦手という軽度の多活動性あるいは衝動性などがある。このように、基本症状は、ほとんどの場合、年齢が上がるに連れ自然に改善するものである。一方、これとは逆に、成長とともにむしろ悪化してきやすい問題がある。それは、精神的合併症の問題である。図1は、適切な対応がされない場合、ADHDがどのような経過をたどる可能性があるかを示したものである。ADHD
は、幼児期から多彩な行動・精神面の問題を呈する。しかも、その行動は周囲を困らせるものであることが多いため、年少児期より注意・叱責を受けやすい。一方、ADHD児の示す落ち着きのなさは脳の機能障害に基づくものであり、本人にも抑えようがないものである。ある意味で、本人にとってはその状態が『普通』の状態ともいえるものであり、したがって、落ち着きのなさや集団からの逸脱行動を示していても、本人には注意されるような「悪いこと」をしたという意識はないのが普通である。自覚していない行動に対して、注意され叱責されることが反復される場合、子どもの気持ちの中には、反省の念は起こらず反発心だけが育っていくことになる。こうした反発・反抗心に、行動特性としての衝動性、さらには、自己の存在意義を探る思春期心性が重なり、中学生以降、反抗挑戦性障害や行為障害が発展きやすいと考えられている。さらに高校生以降になると、評価されたことのない生活経験の積み重ねにより、自尊心低下から抑うつ状態、自身欠如から不安など、心の内に向かう神経症的な問題を持ちやすくなってくる。結局、不適切な対応ばかりを受け続けた場合、反抗・非行という外向性行動障害と、抑うつ・不安という内向性精神障害が混在した状態像を示すようになり、青年期以降はアルコール・薬物乱用� ��窃盗、傷害など法に触れる行為を起こすまでになることもあるといわれている。
ADHDに早期に対応する意味は、この経過を途中で防ぐことにあるといえるである。表6に、ADHDの予後不良因子といわれているものをあげた。ADHDの基本症状が環境の影響を受けやすいことは先に述べた。二次的症状は、周囲の人との関係で生じるものである。つまり、ADHDの症状には環境要因の影響が大きいことが伺われる。虐待環境や保護者の精神障害が予後不良因子としてあげられているのは、こうしたことが背景になっている。10.対応
1)目標
「経過」の項で述べたように、不適切な対応をされた場合、ADHDの最終状態像は問題が大きいものであるADHDで最終的に問題になってくるのは、落ち着きのなさなどの初期からある行動面の問題でもなければ、学習障害などの認知能力の問題でもない。本当に問題となり、彼らの最終状況を決めるのは、情緒面の問題である。たとえ、能力的に十分でなくとも、情緒的に安定し反応性の問題がない場合には、それなりに安定した青年期を迎えることができる。それに対して、いろいろな訓練・教育により知識や作業能力は高まっても、情緒的に混乱している場合には、思春期以降、生活状況や社会的行動が破綻することが少なくない。ADHD
児へ関わる意味はここにある。療育や教育も含め、あらゆる対応は、当面は対象とする問題自体の改善を目指したものであるにせよ、最終的には、ADHD児達が自己の存在意義を認識する(自分はいてよい存在であるという思い、自分には価値があるという思い、自分は周囲の人から思われているという思い、など)こと、つまりは、彼らが高い自尊心(self-esteem)を持つようになることを最終目標にしていることを忘れてはならない(表7)。そして、この目標を達成するために、具体的目標が設定される。2)対応の実際
ADHDへの対応の実際は、表7に示した4つの具体的目標を達成することである。もちろん、4つの目標への対応をいつでも同時に行う必要はない。患児の臨床像に合わせ、当面中心とすべき目標への対応を検討しながら対応していくのでよい。ただし、基本的には、合併症への対応を除いた3つの目標は常に意識しておくべきである。
目標達成のために用いられる個々の治療法としては、薬物療法、行動変容技法、環境調整、治療教育、心理療法、感覚統合訓練などがある。
(1)崩壊性行動のコントロール崩壊性行動とは、その行動のために本人よりも周囲が困るような行動をいう。ADHDの示す問題行動のほとんどは、崩壊性行動といってよいものである。崩壊性行動が持続している場合、周囲の人との関係が悪化しやすく、結果的に二次的な精神面の問題が生じやすくなってしまう。そのため、崩壊性行動の改善は、第一に検討されるべきものである。その概要を表8に示す。現在、崩壊性行動の改善のためには、患児に対する周囲の大人の行動コントロール力の強化、患児自身のトラブルの処理能力の強化、そして薬物療法の3者の組み合わせが最も効果的といわれている。a
)薬物療法注意力障害や多動性に対して行われる。これらの症状に対する薬物の有効率は約70%である。即効性であり有効率も高いことから、医学的対応の中心となっている。薬物を使う根拠は、大人が子どもを扱いやすくするためではなく、注意力障害などのために子ども自身が学習がうまくいかないなど一番迷惑を被っていると考えるところにある。したがって、何らかの訓練・学習状況の場で使用されるのが一般的であり、通常は、就学以降の子どもが対象となる。
よく使用される薬物は、
methylphenidate(リタリン)である。速効性で効果持続時間も3〜4時間と短いため、朝、昼の1日2回投与(1日量として0.3〜1.0mg/kg)が一般的である。昼の服薬が困難な場合には、朝1回の服薬(0.3〜0.6mg/kg)でもかまわない。なお、methylphenidateは、衝動性には効果が少ないといわれており、けんかしやすいとか暴力的という症状には効果が期待できない。学校のない休日・長期休暇中は休薬する。長期休暇後はすぐに再投薬せず経過観察を行い、症状の状況により再投薬を考えるという方法をとることで、漫然と服薬が持続することを防ぐことができる。
副作用としては、不眠、食欲低下、体重減少、過度の鎮静・興奮、成長障害、チックの増加などがある。けいれん閾値を下げたり、チックを増強させることがあるので、脳波異常の著しい児・てんかん患児やチック障害患児には投与しないか、慎重に投与しなければならない。
b
呼吸の演習では、テスト不安の対処)家族・教師のコントロール力の強化周囲の大人が子どもの行動をコントロールできるよう助言・指導を行う。方法の基本は、行動変容技法である。行動変容技法は、学習理論に基づいた技法であり、ある程度学習・訓練によって会得できるものである。したがって、我が国の現状では困難であるが可能であれば、助言だけではなく、実際に保護者・教師に技法に基づいた対応の仕方を訓練してもらうとより効果的である。
@刺激の統制
ADHDの症状は、ある程度状況に依存する傾向がある。基本的には、周囲からの刺激が多い環境ほど、注意力障害や多動性は強くなる。このことは、逆に言うならば、刺激を制限し環境状況を統制するほど、症状の程度が軽くなることを意味する。
勉強部屋や教室の中を常にシンプルにしておく必要はないが、必要に応じて学習の前に
ADHD児の注意を引きそうなものを片づけるという方法もよいであろう。この場合、片づけたものが見えなくなるような箱や場所が必要である。扉やカーテンのついた棚でもよい。片づけの作業にADHD児も参加させることで、授業に対する心構えを持たせることもできる。学校では、自分の持ち物についても同様の対応が考えられる。持ち物全てしまえる場所を教室の一角につくり、授業のたびに、その授業に必要なものだけをそこから取り出し机の上に置くようにするのも一つの方法である。ADHD
児に対する教示は、短いことばで明快にするべきである。必要な情報は、今、ここで、何をするか、ということである。それ以外の余計なことはいわない方がよい。親や教師は、前置きや理由を言ったり、教示の後に子どもの理解度を確認することを繰り返す傾向がある。そうした「余分な話」は、子どもの注意力を散漫にしてしまう。同様に、複数の教示を同時にしないような配慮も必要である。教示された事柄を思い出させるような手がかりを何か考えるのもよい。手がかりは視覚的なものがよい。子どもの手の甲に水性サインペンで○を書きながら教示をするなどである。カードを見たり手の甲の○が目に入ることで子どもは言われたことを思い出すかもしれない。一連の課題の場合には、課題の手順を書いたカード(ポストイ� ��トでもよい)を用意し、終わった順にそのカードをはがしていくという方法も、子どもに常に今何をするかと全体の流れを示すことができ、有効な方法である。A時間の統制
刺激統制により注意転動性(気の散りやすさ)が抑制されたとしても、注意持続困難の問題があるため、そうして向けられた注意力が続かないことはしばしば認められる。この問題に対応するためには、その子どもの注意持続力を把握している必要がある。どれくらいの時間なら集中できるのかを、日常の観察・保護者からの情報から評価しておく。課題に際して、得られた子どもの注意持続時間の2
/3〜3/4を目安に、子どもにことばをかけたり、やっていることを確認したりなど、注意を引き戻すような何らかの働きかけを行う。また、注意持続時間を単位として、その時間ごとに異なる課題を与えるようにしてもよいであろう。幼児向けのテレビ番組では、一つのテーマに費やされる時間は極めて短い。次々にテーマ、つまり、内容を変化させていきながら、結果的にある程度のまとまった時間、幼児の注意をその番組に引きつけている。これと同じ様な工夫をしてみるのも一つの方法と思われる。B多動性の統制
多動性が激しくじっとしていられない場合、課題・授業の前に、その活動エネルギーを発散させるのが有効である。走るなど、何らかの運動を行わせるのがよい。この場合、その子どもだけに走ることを指示しても、うまくいかない。親や教師も一緒に運動するのがよい。運動という形を取らず、鬼ごっこなどの遊びの形態で行うのもよい。課題学習の間に、何らかの形で身体を動かす時間を定期的に設けるよう時間割を工夫してもよいであろう。C衝動性の統制
衝動的に予測不能な行動を行う子どもに対して行うことは、衝動的行動の前に介入できるようにすることである。しかしながら、予測不能な行動の予兆を事前に察知することは困難である。この場合、行動が起こってしまう前にワンステップだけ時間稼ぎができるような行動を教えていくことを考える。そうしてた空いた時間で、周囲から介入を行い衝動的行動を頓挫させることを期待するのである。このためには、次のようなやり方を行う。
子どもが衝動的な行動、特に乱暴で危ない行動や攻撃的な行動をした場合、どうしても、なぜそんなことをしたのか、そんなことをすれば相手がどう感じるか、自分がそんなことをされたらどう思うか、などという対応をされがちである。しかし、先にも述べたように
ADHD児は自分の行動を「悪い」と思っていないことが多いので、こうした注意の仕方は効果が少ない。そこで、代わりに『何をしたかったのか』と、患児のやりたかったこと(希望)を尋ねるのである。そして、何回かに1回でも患児が答えられたならば、『そうしたかったのなら、あんな風にしないでこうすればいいんだよ』と、代わりの行動を具体的に教示するのである。そして、この代わりの行動として、先ず、周りに自分が何かしたいことをす、ということを教えるような行動、例えば手を挙げる、「先生!」とさけぶなどの行動を教えていくのである。これが可能になれば、周りの人はそこで適切な介入を行いやすくなっていくであろう。こうした代替行動の訓練を、ロールプレイのようにして大人と実際にやって� �るのもよい。c
)自己コントロール力の強化これは、年少児では困難であり年長児に対して考えるとよい方法である。基本的には、自己の感情変化に気づき、爆発する前に適切な代替行動をとることができるように指導、訓練する、ということになる。自己の感情変化に対しては、イライラ・怒りなど分かりやすい感情の他に、可能であれば「きれる」前の感じを思い起こさせる作業も行う。その子なりの気づきが出てきたならば、その感情を感じたときに、トラブルを避ける行動としてとりあえずどうしたらよいかを教えていく。基本は、攻撃的な感情が生じた場から物理的に離れる行動を教示していくとよい。あるいは、患児に適切に対応できる大人へ接近する、自分の状態を伝えるような行動でもよい。
また、トラブルに遭ったときに、周囲に助けを求めてかまわないということを教えるのもよい。これは、年少児に有効である。助けを求めることばや動作を具体的に教え、ごっこ遊びのように訓練するとよい。援助行動を適切にとることができるようになれば、介入が入りやすくなるので、衝動的・攻撃的行動は減少しやすくなる。
(2)情緒の安定化(表9)基本は、受容と共感であるが、特に共感的理解が大切である。共感的理解とは、子どもの気持ちに寄り添うだけではなく、私はあなたがこんな風に感じたのかなと思ったんだけどそれでいいのかな?、という態度である。単なる相づちだけではないことで、子どもは、自分のことを理解しようとしてくれているという思いを感じることができる。また、疑問型で言うことで、こちら側の理解を押しつけようともしていない、と感じてもらうことができる。子どもが自分自身の存在に自信が持てるようなことばかけや態度も重要である。子どもがうれしくなるような、ちょっとしたことばかけを折に触れ行うのもよい。『元気そうだね』、『今日いい顔してる』などである。さらに、子どもの行動・意見に対して、褒めたり、感心して見せたり、こちらが関心を持っていることを告げたりするのもよい。
幼児の気性の癇癪を扱う叱責は、回数は少なく、そのかわり、叱るときは強く短く叱る、というのが原則である。叱るときとは、他人・周囲や自分に危害が及ぶような事柄をしたときである。それ以外の場合は、叱責ではなく、どのようにすればよいのかを教え諭すような注意をするのがよいであろう。なぜ、そのようなことをしたのかを延々と追求したり、自分で考えてみるような指導は有効ではない。そうではなく、端的に、このやり方はうまくなかった、こんなふうにすればよかった、今度からはこんな風にしてみようということを伝えるのがよい。(3)学力保障無理のない範囲で学力の保障を行うことは大切である。一定の学力を保つことは、本人の進路の選択肢を広げることに役立つからである。基本的には、学習障害児の教科学� �指導と同じことを行うことになる。その概要を表10に示した。
学力の保障のためには、学校以外に個別指導の場があると望ましい。家庭教師か個別の塾のようなものがよい。保護者は、できれば学力保障には関わらない方がよいであろう。保護者は、子どもができない状態を見ていると感情的になりがちであり、本来の役割である子どもの気持ちの支えでいることが難しくなってしまうからである。
(4)その他の対応:感覚統合訓練不器用さや発達性協応運動障害を併せ持つ場合に行われる。リハビリテーション部門が充実している医療機関で行われていることが多い。基本は、さまざまな触覚刺激や平衡感覚刺激を外部から与え、その刺激に慣れ親しみ、刺激の中で安定した姿勢・運動ができるようにするものである。幼児期から10歳までの子どもが最もよい対象となる。10歳を越えると効果が期待しにくいという。表1 「落ちつきのない子」の背景
1.崩壊性行動障害
1)注意欠陥多動障害
2.発達障害
1)自閉性障害
2)精神遅滞
3.気質
4.心因性疾患
1)不安障害
2)強迫性障害
5.チック障害
6.気分障害
1)うつ状態の一部
2)躁状態
7.精神分裂病
表2 注意欠陥/多動性障害の診断基準 (DSM-IV、1994)
A.(1)か(2)があること。
(1)以下の注意力障害を示す項目のうち6項目以上が少なくとも6か月以上持続しており、それは日常生活に支障をきたし、かつ、発達段階に不相応なこと。注意力障害(a)勉強や仕事、あるいは、他の活動時に、細かい注意を払うことができなかったり、ちょっとした誤り(careless mistakes)を起こすことが多い。(b)課題や遊びにおいて注意を持続することが困難なことが多い。(c)話しかけられていても聞いていないことが多い。(d)指示を最後まで聞けず、勉強やちょっとした仕事、あるいは、職場でのやるべき仕事をやり遂げることができないことが多い(反抗や指示の理解不足のためではない)。(e)課題や仕事をまとめることができないことが多い。(f)持続した精神活動が必要な課題をさけたり、嫌ったり、ためらったりすることが多い(学校の授業や宿題など)。(g)課題や他の活動に必要な物をなくすることが多い� ��例えば、おもちゃ、学校で必要な物、鉛筆、本、その他の道具など)。(h)外からの刺激ですぐに気が散りやすい。(i)その日にやることを忘れやすい。(2)以下の多動性や衝動性を示す項目のうち6項目以上が少なくとも6か月以上持続しており、それは日常生活に支障をきたし、かつ、発達段階に不相応なこと。多動性(a)手や足をよく動かしてそわそわしたり、椅子の上でもじもじすることが多い。(b)教室や座っていなければいけない状況で離席することが多い。(c)してはいけない状況で走り回ったりあちこちよじ登ったりすることが多い(思春期や成人にお� �ては、落ち着かないという主観的な感情だけのこともある)。(d)静かに遊ぶことが苦手なことが多い。(e)絶えず動いていたり、駆り立てられたように動くことが多い。(f)過剰に話すことが多い。衝動性(g)質問が終わっていないのに答えてしまうことが多い。(h)順番を待つことが苦手なことが多い。(i)他の人がやっていることをじゃましたりむりやり入り込んだりすることが多い(例えば、他の人の会話やゲームに首を突っ込む、など)。B.障害をきたすほどの多動性−衝動性、あるいは、注意力障害の症状のいくつかは、7歳以前に出現していること。
C.症状から生じている障害は、2か所以上の場でみられること(例えば、学校(あるいは職場)と家庭、など)。
D.社会的、学業上、あるいは、職業上、臨床的に明らかに支障をきたすほどの障害があること。
E.広汎性発達障害、精神分裂病やその他の精神病、その他の精神疾患(気分障害、不安障害、解離性障害、人格障害、など)によるものではない。
※下位タイプ
合併型(Combined Type):診断基準A1とA2両方に該当するもの注意力障害優位型(Predominantly Inattentive Type):診断基準A1に該当するが、A2には該当しないもの多動性−衝動性優位型(Predominantly Hyperactive-Impulsive Type):診断基準A2に該当するが、A1には該当しないもの
表3 注意欠陥/多動障害の症状
1.基本症状
脳機能障害を背景とした行動特性としての問題
注意力障害、多動・衝動性、固執性、感情易変性
2.二次的問題
1)社会行動における問題
一定の「決まり」からの逸脱行動
集団行動困難、待てない、一方的な対人行動、対人関係形成困難
2)一般心理特性としての問題
自我意識・対人意識の問題
自尊心低下、自信喪失、敏感、対人緊張
表4 注意欠陥/多動障害の合併症
1.発達・認知面
1)発達性言語障害
2)発達性協応運動障害
3)学習障害(15〜92%)
2.行動・精神面
1)反抗挑戦性障害・行為障害(50〜60%)
2)適応障害:不登校など
3)不安障害(25〜40%)4)気分障害(15〜75%)
5)反社会的行動:薬物嗜癖、反社会性人格障害
3.身体面
1)チック障害(30〜50%)2)てんかん
※( )は報告された合併頻度
表5 行為障害・反抗挑戦性障害の診断基準(DSM-W、1994)
1.行為障害
A.他人の基本的人権や年齢相当の社会的規範を侵害するような行為の反復と持続。それまでの12か月間で次のうち3項目以上が存在し、6ヶ月間では少なくとも1項目に該当する。
人や動物に対する攻撃性
(1)しばしば他人をいじめたり、脅かしたり、脅迫したりする。
(2)よくけんかを自分からしかける。
(3)他人に重大な外傷を及ぼすような武器を使ったことがある(例えば、バット、ブロック塊、割れたビン、ナイフ、銃、など)。
(4)他人に対して残酷な身体的仕打ちをしたことがある。
(5)動物に対して残酷な身体的仕打ちをしたことがある。
(6)相手と対面しながら物を盗んだことがある(例えば、首を絞める、財布のひったくり、ゆすり、強盗、など)。
(7)性的行為を強要したことがある。
価値のある物の破壊
(8)重大な被害を生じさせることを目的として、故意に放火したことがある。
(9)他人の持ち物を故意に壊したことがある(放火以外で)。
詐欺や窃盗
(10)他人の家や建物、車に押し入ったことがある。
(11)物品を得るためや気を引くため、あるいは、やらなければいけないことを避けるためによく嘘をつく(他人をだます)。
(12)人に見つからないようにして高価な物を盗んだことがある(例えば、万引き(破壊しての侵入はしない)、偽造、など)。
規範を全く守らない
(13)13歳以前に、両親から禁止されているにも関わらず、よく外泊をする。
(14)親や親代わりの人と一緒に住んでいるのに、2回以上、一晩家出したことがある(あるいは、もっと長い期間家出したことが1回ある)。
(15)13歳以前で、よく学校を怠ける。
B.この行動障害により、社会生活や学業、あるいは、職業上著しい障害が生じている。
C.18歳以上の場合には、反社会的人格障害の基準を満たさないこと。
2.反抗・挑戦性障害
A.拒絶的で反抗的、挑戦的な行動が6か月以上持続する。次のうち、4項目以上が存在 する。(注意:同年齢で同様の発達レベルのこと比べて、明らかに頻回に認められる場合にのみ該当する。)
(1)かんしゃくを起こしやすい。
(2)大人と口論することが多い。
(3)大人の要求や通常の規則に従うことを積極的に拒否することが多い。
(4)他人を意図的にイライラさせることが多い。
(5)他人の過ちを責めることが多い。。
(6)他人に対して気むずかしくイライラしやすい。
(7)怒りっぽく、よく怒る。
(8)意地が悪く恨みを持ちやすい。
B.この行動障害により、社会生活や学業、あるいは、職業上著しい障害が生じている。
C.精神病障害や気分障害によるものではない。
D.行為障害の基準に該当しない。18歳以上の場合には、反社会的人格障害の基準を満たさないこと。
図1 注意欠陥/多動障害の経過
良好な経過ADHD
LD 適応障害 抑うつ・ アルコール・ 犯罪不安障害 薬物乱用 行為反抗挑戦性障害 反社会性人格障害行為障害
表6 注意欠陥/多動障害の予後不良因子
行為障害の合併
学習障害の合併
低い知能水準
子ども虐待環境
精神障害の保護者
表7 注意欠陥/多動障害への対応目標
最終目標:自尊心の回復・維持具体的目標: 崩壊性行動のコントロール情緒の安定学力の保障合併症への対応
表8 注意欠陥/多動障害への対応の実際
ー崩壊性行動のコントロールー
1.外部からのコントロール
1)薬物療法
注意力障害・多動:
methylphenidate・pemoline・clonidine衝動性 :
carbamazepin・valproate・haloperidol2)家族・教師のコントロール力の強化(1)行動統制方法の助言・指導
a
)注意力障害@刺激の統制:不要刺激の除去(環境統制)
刺激の単純・明快化A時間の統制:課題時間の限定
課題内容の交換
b
)多動活動エネルギーの発散
c
)衝動性患児の希望聴取と具体的行動指示
(2)保護者・教師の対応スキル訓練
行動変容技法の基本の訓練
2.自己コントロール
1)患児の自己コントロール力の強化
(1)自己の衝動性・攻撃性への気づき感情変化の手がかりへの気づき促進
(2)相手の感情変化への気づき感情変化の手がかりの教示
(3)感情処理手段の拡大具体的な処理行動の提示・訓練
(4)援助要請行動の獲得困難場面の整理
それに応じた援助要請行動の提示・訓練
表9 注意欠陥/多動障害への対応
ー情緒安定化のための助言・指導ー
1.共感性を持って
「そう、つらいんだ」
2.自尊心を高めることばを
いつも一言の声かけを
患児がうれしくなることばで3.時間の共有を
一緒に過ごす時間の確保
4.ほめること
できなかった部分ではなく、できたところを評価
5.患児の目線に
6.注意・叱責の工夫
回数少なく、強く短く 具体的な代替行動の提示
表10 注意欠陥/多動障害への対応
ー学力保障のための助言・指導ー
1.学習意欲の育成
好きな学習・得意な学習中心に
不得意領域の学習には限度設定できたところをほめる対応
相対評価ではなく、絶対評価で
2.困難領域の学習支援
1)学習上の問題の検討学力の確認
不得意領域の確認
誤り方のパターンを整理・分析
2)教育方略の検討
得意領域の確認
得意領域の特徴整理・分析
誤り方のパターンを得意領域の特徴でカバーできるか検討
3)具体的指導計画の作成
検討結果に基づいて個別教育計画(
IEP, individual education plan)作成これは宮本信也氏の了解を得て「第29回日本小児科学会セミナー講演集、1999」に掲載された原稿をそのまま活用させていただきました。宮本先生に深謝いたします。
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